余白という“何もない”空間を意識することで
そこに佇む好きなものの美しさが際立ち、愛おしさが増す 〜 Analogue Life 岩越光恵さん 〜

余白という“何もない”空間を意識することで そこに佇む好きなものの美しさが際立ち、愛おしさが増す 〜 Analogue Life 岩越光恵さん 〜

名古屋市瑞穂区の住宅街の一角。細い路地にひっそりと佇む日本家屋の2階にギャラリー「Analogue Life」があります。小さな看板を頼りに門をくぐり、庭園を眺めながらアプローチを歩いていると、さながらタイムトリップしたような感覚にいざなわれます。 昭和初期に建てられた古い民家の造りを生かした空間で、日本が誇る手仕事にスポットライトを当て、器をはじめとした暮らしの道具や、スツール、モビール、絵画など空間に彩りを加えるアイテムを紹介する「Analogue Life」。 今回は、カナダ人のご主人とともに、作り手と使い手をつないできたオーナーの岩越光恵さんにお話をうかがいました。日本の作り手たちが生み出す手仕事の美しさや尊さ、それを引き出すために大切な“余白”について語ってくださった岩越さん。彼女の言葉で語られる“余白”には、ものの本質的な美しさをあらわにするヒントが宿っていました。

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日本の手仕事の美しさと尊さを発信したいという思い

「Analogue Life」の始まりは、2011年のギャラリーオープンからさかのぼること2年前。インターネットのオンラインショップとしてのスタートでした。

きっかけは、岩越さんとご主人が、カナダやアメリカなど海外を訪れた時に抱いた思い。「海外のインテリアショップを巡っていた時、そこで紹介されていた日本製のアイテムは大量生産品が主流で、私が日本で少しずつ買い集めて使用していた作家の器や手仕事が感じられるものではありませんでした。一方で、百貨店に並ぶのは高額な伝統工芸品が多く、どちらも私の生活に身近な存在とは言えませんでした」と当時の印象を振り返ります。

「日本では、土、木、金属やガラスなど作家が多様な素材を用いて日常使いの器を制作し、ギャラリーで販売する文化が根付いていますが、海外のギャラリーで扱われるのは主にアート作品であり、作家が制作する日常の器を紹介する店は、私が知る限りなかったのです」と話す岩越さん。

長い歴史の中で育まれてきた工芸の心。そこに今の時代感覚を加え、日本の風土の中で確かな技術によって作品を生み出す作り手たち。その存在を正しく、価値あるものとしてきちんと届けたいと、海外向けのオンラインショップ「Analogue Life」を開設しました。

岩越さんの目利き力、そしてカナダで育ったご主人がグローバルな視点を通して見た日本の魅力。2人の審美眼が融合した「Analogue Life」の世界観は、感度の高い海外の人たちの目に留まり、世界各地にファンを獲得していきました。

カナダ人のご主人との出会いが刺激になり、美的感性が開花

岩越さんの美に対する関心は、洋服などのファッションが入り口となったそうです。「親の薦めもあり、一度は一般企業に就職したのですが、学生の頃から洋服が好きだったことから、ファッション関係のショップで働きたいという思いを抱き続けていました。いろいろとリサーチをした末、憧れのブランドを扱っているショップにたどり着き、“働かせてください”と直談判しました」。一度は採用を見送られたものの、岩越さんの熱意が通じてスタッフとして働けることになりました。

ファッションアイテムから暮らしのものへ。扱うものは変われども、今の仕事に通じる思いを当時から抱き続けているとか。

「お客さまと会話をしながら、その方の日々に寄り添えるようなもの、長く愛してもらえるもの、気持ちを高揚させられるようなものを提案したいという思いは、あの頃も今も同じ。私自身が素敵だと思うものを通して、その方の人生にほんの少しでも関われたと実感できる瞬間や、人生の一部に立ち会えたと感じられた時の幸福感が、私にとっての喜びなのです」。

アパレルショップで、商品を通じてお客様と心を通わせる喜びを肌で感じた経験や、ベルギー出身のデザイナー、ドリス ヴァン ノッテンをはじめとするヨーロッパのデザイナーたちの優れたデザインやクオリティに直接触れた経験が、今の作品選びにも役立っているそうです。

そして岩越さんにとって、もう一つの大きなターニングポイントとなったのが、お客さまとして来店したご主人との出会いでした。

「当時はまだインバウンドなんて言葉も浸透していなくて。外国人が日本のセレクトショップに洋服を買い物に来ること自体すごく珍しかったので、彼のことはすごく印象に残っていました」

お客さまとショップ店員という限られた接点だった2人の出会いでしたが、程なく偶然の再会を果たしたことで、運命へと変わります。

フォトグラファーとして活動しながら、インドや日本をはじめ諸外国の文化に触れていたご主人。その研ぎ澄まされた感性やグローバルな視点に触れるほど、岩越さんの美的感性は刺激を受け、さらに開花していきます。

「それまでの私の人生の中では、日常生活の空間にさり気なく花を生け、部屋に写真を飾って自分らしく暮らしているような男性に出会ったことはありませんでした。だから、彼の暮らしぶりや思考に触れて、すごく心地よい刺激を受けました」

気になる写真展があると2人でギャラリーを訪れ、そこに飾られている作家ものの焼き物にもいつしか心惹かれるように。2人の食卓には、丁寧に作られた日本の作家ものの器が並び、生活空間には手仕事による暮らしの道具が増えていきました。

「若い頃は着飾るもの、身につけるものなど、自分をカッコ良く見せるためのファッションに興味の中心がありました。でも夫との出会いを経て歳月を重ね、海外の方の価値観に触れる機会も増えたことで、生活や暮らしというもっと内側の部分への意識が高まっていきました。日々の生活の中で何を選び、何を大切にしているかで人の本質が問われるという気付きを得ることができました」と心境の変化を振り返ります。

日本の心や建築美も含めて文化を感じる古民家ギャラリー

「手仕事の道具や作家ものの器を使っていると、単なる“もの”としてではなく、その背景にある作家さんのことや、作品が生まれた土地のことなど、いろいろなバックボーンが浮かんできますよね? だからこそ思い入れを持って、一つひとつのものを大切に扱おうと思えるし、使うたびに愛着が深まっていく。そういうことも全部ひっくるめて伝えていきたいと思いました」

そんな2人の思いのもと、オンラインショップという形でスタートし、日本の作り手と世界の架け橋となっていった「Analogue Life」。しかし、まだ今のようにオンラインでのやりとりが一般的ではない時代。作り手の中には、実際に手に取って目にしてもらえる実店舗がないことに、不安感を抱く人も少なくなかったそう。

「オンラインショップだけの限界を感じ始めていた時、友人でもあり、この建物の1階で着物を中心としたアイテムを紹介するギャラリーを営む月日荘のオーナーから『2階が空くけど、どう?』と声を掛けてもらって。それまでも、期間限定のイベントで1階のスペースを使わせてもらったことはあったので『こんな素敵な空間で実店舗ができるなんて、願ってもないこと』と夫も私も快諾しました」

行く行くは、ご主人の故郷であるカナダのトロントにリアルショップを開く構想もあったそうですが、日本の作品や作家の方を紹介する上で、この日本家屋という空間に勝るものはないと日本での実店舗開店を決意。

「この建物は、ただ古い建物というだけではなく、門を開けたらお庭を眺めながら歩く石畳のアプローチがあり、お部屋の中に入れば美しい欄間や建具がある。日本ならではの伝統が宿る希少な建物に、かつて住まわれていた方の丁寧な暮らしぶりとか、大切に守り継がれてきた息づかいが感じられます」。

日本が誇る建築美と和の心に包まれた空間で、ひときわ美しさを湛える作品たち。

「私たちが紹介しているのは、日々の暮らしに寄り添いながら、道具としての機能美とアートのような佇まいを兼ね備えた作品たちです。だからこそ、ビルの一室ではないこの空間で紹介することで、より一層日本文化の魅力を印象深く届けることができる。建物が生み出す空気感も含めて、和の心や日本の暮らしなど、建物全体で伝えられることに意味があると思いました」。そう語る岩越さん。

ギャラリーオープンにあたっては、日本家屋本来の造りや設えは生かしつつ、フローリングやガラスの仕切りなど、随所にモダンさをプラス。外国人であるご主人と日本人である岩越さんが発信するギャラリーとして、2人のアイデンティティの融合も感じさせる空間になっています。

日本が誇る引き算の美学こそ“余白”の原点

清らかな美しさと、凛とした洗練感が漂う「Analogue Life」。そこには岩越さんが大切にしている“余白”への美学が詰まっています。

「好なものに囲まれて暮らしたいという思いは強いのですが、たくさんは必要ないと思っています。本当に好きなものの美しさを愛でることができる空間でありたい。それは、自分の住まいもギャラリーも同じ」と話す岩越さん。

一つひとつの好きなものたちが、しっかりとポテンシャルを発揮し、真の美しさを醸し出せるためには“余白”が肝要とのこと。

「余白を設けることで、余白の周囲にあるものが際立ち、その存在に意識が向くようになります。覆い尽くしているものがあると、真実が見え辛い。それは空間や作品だけではなく、いろいろなことに置き換えられると思います。

例えば今の世の中、情報が溢れているけど、本来あるべき姿と向き合い、物事の本質に目を向けるためには、そぎ落として時間や思考の余白をつくることが大切なのかなと感じます」。

「ただ、日本人の中にはそういう感覚が無意識のうちに宿っているという思いもあります。少し足を延ばせば、まだ豊かな自然や伝統文化に触れることができる環境だし、意識しなくても修学旅行で京都のお寺に行ったり、枯山水の庭園を見たりする。そういう機会が当たり前のようにあることは、すごく幸せなことだし、日本人が大切に受け継いでいくべき心だと思います」と話す岩越さん。

「余分なものをそぎ落とした後に残る、華美ではない素朴なもの。そこにこそ、本当にあるべき姿が見えてくる」と言葉を継ぐ岩越さんにとって、日本が誇る引き算の美学にこそ、彼女が思う“余白”のルーツがあるようです。

夢は「Analogue Life」の世界観を共有する空間づくり

「今後の夢は?」という問いかけに岩越さんは、2つの思いを語ってくださいました。

1つは、海外で「Analogue Life」展を開催すること。

「2016年、2017年にニューヨークとサンフランシスコでAnalogue Lifeのイベントを開催したことがあります。長年の夢を叶えることができ、アメリカのさまざまな地域からお客様が大勢集まってくださって、ある程度の手応えは感じました。でも一方で、街を歩けば、日本文化のことなんて全然興味のない人が大半で“井の中の蛙”を痛感しました。世界の広さを突き付けられ、押し流されてしまいそうな大きなエネルギーとか勢いに圧倒されました」と当時を振り返る岩越さん。

「今、日本中がインバウンドに頼らざるを得ない状況の中で、日本文化を発信する者の一人として、常に謙虚な姿勢を忘れてはいけないという気持ちを、あの時に経験できたことは大きな糧だったと思えるように。私たちが大切に守り、伝えたいことと真摯に向き合わなければという思いを、胸に刻み続けた日々。その時間があったからこそできる新たなAnalogue Life展を、もう一度海外で開催したいと思っています」。

そしてもう一つの夢は、「Analogue Life」の世界観を共有できるようなカフェやホテル、レストランなどを手掛けること。

「コラボレーションとか空間コーディネートとか、具体的な携わり方はまだイメージできていないのですが、海外や県外からAnalogue Lifeを求めて来てくださった方が、その余韻に浸りながら、さらに日本の素晴らしさを体感して心を揺さぶられるような場所が近くにあれば、もっと有意義な時間を過ごしてもらえると思います」と語る岩越さん。

日本の古き良き心と技を体現しながら、現代の暮らしにも、海外の生活空間にも違和感なく溶け込み、その端正な佇まいで存在感を放つ日本が誇る手仕事の器や暮らしの道具たち。

時代も文化も国境も超えて、人々が心の底で共感する真の美しさを、「Analogue Life」の世界観として今後も発信されていくことでしょう。

岩越光恵(Analogue Life)

愛知県生まれ。アパレルのセレクトショップのスタッフとして勤めていた時に出会ったカナダ人のIan Orgiasさんと結婚。その後、Webデザインなどさまざまな職種に携わる。経年変化を楽しみながら、大切に使い続けたくなる手仕事のものを国内外へ発信したいという思いを抱き、2009年から「Analogue Life」のオンラインショップをスタート。2011年、名古屋市にギャラリーをオープン。夫婦それぞれの異なるアイデンティティから生まれる独自の感性を、商品セレクトや店づくりに反映させている。

Analogue Lifeホームページ

まとめ/

「一度好きになると、ずっと好き。好きなものは変わらない」と話す岩越さん。ギャラリーがオープンした頃に比べて、扱う作品や並ぶ作家さんの数は圧倒的に増えたものの、不変的な美しさを湛える作品たちの表情や、いつ訪れても揺らぐことのない空間に宿る凛とした空気感は、時間の流れや社会の動きに左右されない、一貫した思いがあるからこそでしょう。

そして、「Analogue Life」がセレクトするものが人の心を揺さぶる理由は、海外の魅力もしっかりと受け止めた上で、ご夫婦が日本に暮らす生活者であることが影響しているからなのかもしれません。

美術品のような美しさだけではなく、生活空間に迎え入れて、共に時を刻みたくなるような器たち。空間に溶け込むような控えめな華やぎが、何気ない日常に高揚感をもたらしてくれる手仕事のものたち。それらは、座学で学ぶ美術学や理論のみにとらわれるのではなく、暮らしの中で得てきたリアルな感覚を大切にしているご夫婦だからこそ、提案できるのだということを改めて感じました。

編集・取材・文=花野静恵
撮影=北川友美

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