音楽は自分を表現し、ご縁をつないでくれるツール。そして、レコードは心に余裕をもたらす装置 〜 テナーサックス奏者 西村有香里さん 〜
高校でテナーサックスとジャズに出合った西村有香里さん。滋賀県は大学時代を過ごし、練習に励み、プロミュージシャンになると決心した地であり、現在の音楽活動の拠点でもあります。この日インタビューを行ったのは、サックスの個人レッスンの講師を務めているJR「石山」駅近くのレンタルスタジオ。自身のライブ活動と共に、ジャズを愛する人を増したいと“教える”活動も大切にしています。日々の暮らしに、ジャズをはじめとした音楽があると、どんな余白が生まれるのか。また、さまざまな人生のステージを歩んできた、滋賀への思いなどを聞きました。
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「何にもない」、だからできた。琵琶湖を臨む大学で練習に没頭
現在、滋賀県在住の西村さん。大津市の南部、瀬田川近くの一軒家で、夫と小学生のお子さん、そして20年ほど飼い続けているペットのカメ・とっちゃんと暮らしています。
「大学進学以来、ずっと滋賀に住んでいますが、4年前、子どもが小学校にあがるタイミングで、新居を建てて滋賀県内で引っ越しをしました。このエリアは郊外で、少し不便なところもあるものの、そのぶん周囲に自然が多く、子育てにいい環境だなと思ったのが決め手です。防音室を設け、自宅で存分にサックスを吹くことができるようにしました」
滋賀を拠点にライブ活動や個人レッスンを行い、全国ツアーを開催するなど、ジャズミュージシャンとして多忙な日々を送る西村さんが、最初に触れた音楽はクラシック。
「3歳からクラシックピアノを習っていましたが、はじめて本格的にジャズを聴いたのは高校の入学直後。部活動の紹介で、軽音楽部の演奏を聴いて『かっこいい!』と衝撃を受け、即座に入部を決めました。この時にサックスにひとめぼれです。吹いてみたら、音も良くて。うまくなりたいと一生懸命練習しました」と、振り返ります。
とはいえ、このときはまだ音楽で身を立てるつもりはなく、高校卒業後は滋賀県彦根市にある滋賀県立大学へ。「開学して間もない話題の大学で、環境科学部が魅力的でした」
地元・大阪を離れて、初めての一人暮らし。滋賀県立大学は、キャンパスの目の前に琵琶湖が広がり、歴史や文化に恵まれた環境でしたが、当時の西村さんの第一印象は「何にもないな」だったとか。
「いわゆる、大学生が遊ぶようなところがない(笑)……。それで、自然に友人とどう楽しむかを考えるわけですね。音楽サークルを立ち上げて、ますますテナーサックスの魅力にのめり込んでいきました。誘惑もないし、24時間、練習し放題です!」
この〝何にもない〟けれど、情熱と時間はたっぷりとある日々が、やがて西村さんの運命を決めることになりました。
音楽を仕事に。夢の第一歩は、インストラクター
「それまで、音楽が仕事になるなんて考えていませんでしたが、いつしかプロという選択肢が思い浮かぶように。いざ就職活動というとき、一度、挑戦してみよう、それで無理ならあきらめようと決意できたんです」
無事、大津市内の楽器店に就職が決まり、専属のサックスインストラクターとしてたくさんの生徒を指導するように。順調に感じられるその状況が、逆に西村さんの心に変化をもたらしました。「ありがたいことなんですが、レッスンの満席が続くようになって。自身の練習や演奏の時間を取りたいと5年後に退職しました」
その後、2007年に1週間、翌年に1カ月間、音楽修行のためにアメリカへ。ニューヨークで世界的に有名なサックス奏者のルー・タバキンさんのレッスンを受けたり、現地のライブをめぐったり、貴重な時間を過ごしました。
「アメリカではわざわざライブハウスに出向かなくても、レストランやカフェでバンドがジャズの演奏をしていることもしょっちゅう。また、シットインといって、飛び入りOKのライブがあってセッションもできます。そこで知り合った人のライブに奏者として誘われることも。そんな文化が刺激的でした」
ふだんの暮らしにジャズが息づいている、本場での経験は西村さんの演奏だけではなく、考え方にも大きな影響を及ぼしました。
「ジャズの生演奏を日常的に聴ける場が、滋賀にはまだ少ないと痛感しました。そんなとき、ジャズの音楽家として『大津市文化奨励賞』をいただいたんです。地元で開催される大きなジャズのイベントなどが増えつつある時期で、これは私一人の力ではなく滋賀県のジャズシーンが盛り上がっていることが背景にあるのは間違いない。さらにがんばらなくては、と身の引き締まる思いがしたのを今も覚えています」
レコードは、集中して〝余白〟を味わえる
「西村さんにとって、音楽とは?」と問うと、「自分を表現する手段であるとともに、コミュニケーションの手段。そして音楽はいろいろな出会いや縁をつないでくれます」との答え。
「そうそう、今日、持ってきたのも、そんなご縁で手元に集まったものです」と、古いレコードを取り出しました。〝生活の余白〟につながるアイテムがあれば見せてほしいとの取材チームのリクエストに応えてくれたのです。これらはファンや友人から譲り受けたものだとか。
「実は、私の演奏って男性っぽいとよく言われます。『目を閉じて聞いたら、男性が吹いてるみたい』と(笑)。たしかに私は、古めのスタイルのジャズが好き。枯れたような音が好きなんです。そういう話で盛り上がって、『じゃ、これ聴いたら』とレコードをいただいたりして、我が家のレコードコレクションが少しずつ増えています」
〝余白〟と聞いて西村さんがレコードを選んだのは、心に余裕がないと、楽しめないから。裏を返せば、落ち着いた時間を取り戻す、装置のような存在でもあるといいます。
「音楽って、いまはサブスクでも聴けますよね。作業用のBGMならエンドレスに聴けるほうがいいかもしれません。わざわざ盤面にプレイヤーの針を落としてかけても、レコードは2曲くらいしか収録されていなかったりして、おのずとプレイヤーの近くに座る必要が出てきます。それがいいんです。私はコーヒーが好きで、豆をひいて淹れると、ゆったりとした気分に。そこでレコードをかけ、昔のサウンド、音の厚み、振動までも味わうひとときは、格別です」
光あふれるリビングが、オフの時間の定位置
もうひとつ、暮らしの余白を語るうえでのキーワードは〝光〟とも。平均すると週に2回のライブに出演、月に15人ほどの個人レッスンを担当するフットワークの軽い西村さんですが、実はインドア派だとか。
「環境の良いところに住んでいますが、あまり散歩とかはしないんです(笑)。それだけにリビングは居心地の良さにこだわり、自然光がたっぷりと差し込むよう、窓を広めに取りったシンプルな空間です」。防音室でサックスを吹いたり、レコードを聴いたりするとき以外、自宅ではほぼここが定位置だそう。
力強いジャズが溢れる時間も、何もない穏やかさに身を置く時間も。一見、正反対のように思える瞬間も、西村さんにとっては心落ち着く大切なひととき。それぞれの人に寄り添う「SHIRO」の余白に通じる感性です。
昨年の春、約5年ぶりにリリースした、西村さんの3枚目のアルバムのタイトルは、「A Time For Spring」。明るい光を感じさせます。曲づくりに取り組んでいたのは、コロナ禍のさなか。長い時間を過ごす住空間を明るく保つことは、アルバム製作のインスピレーションに影響を与えたかもしれません。「世間はもとより、音楽の世界にも影を落としていた停滞期を冬に例えて、暗い時期が続いても、その先には春がある。そんな希望や喜びをテーマにしました」と話します。
最後に、滋賀でおすすめの場所を聞くと、「やっぱり、琵琶湖が見える場所」。「2009年から毎年、秋に行われている『大津ジャズフェスティバル』は、ぜひ。〝世界一美しいジャズフェスティバル〟と銘打つだけあって、背後に琵琶湖が広がるステージは圧巻です。コロナ禍には中止などもありましたが、昨年、無事に開催されました。私も、初期から参加していて、こうしたフェスの知名度があがったことで、ジャズの裾野も広がっているのを感じています。ようやく、です。でも、まだまだ。これをきっかけに、もっと気軽に生演奏を楽しめる場が増えることを願っています」
西村有香里(テナーサックス奏者)
大阪府堺市出身。滋賀県大津市在住。3歳よりピアノを始める。高校時代、テナーサックスとジャズに出合う。滋賀県立大学入学後、仲間とともに音楽サークルを設立。卒業後は、県内の楽器店の専属サックス講師として勤務。その後、独立し、ミュージシャンとして活動を始める。現在、滋賀県を拠点に、関西や東京で幅広く活動している。2011年から6年間、「JAバンク滋賀」のイメージキャラクターとして抜擢され、テレビコマーシャルやJA関連のイベントに出演。2011年「大津市文化奨励賞」、2023年「第16回なにわジャズ大賞 プロ部門」を受賞。2023年3月、3枚目のアルバムとなる「A Time For Spring」(ティートックレコーズ)を発売した。
「Tenor Saxophone Player 西村有香里 公式サイト」
サックスは、おおまかにいうと、ソプラノ、アルト、テナー、バリトンの4種類に分けられます。西村さんが演奏するテナーサックスは大ぶりで、どちらかというと男性的だといわれることも多い楽器だそう。取材前のリサーチで、西村さんの演奏はパワフルだと聞いていたものの、実際にお会いすると、優しくおっとりとした口調などから、やや意外な感じがしていました。けれど、演奏シーンの撮影になり、ひとたび音を出してもらえば、響く低音、ピタリと決まる姿にほれぼれ。そしてやっぱり生演奏は素晴らしいと実感。本場アメリカのように滋賀のあちこちで……と、西村さんが熱望する気持ちがこのわずかな時間でも少しわかった気がしました。
編集=文と編集の杜
取材・文=市野亜由美
撮影=秀平琢磨(※除く)
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